4:『世離れした技術者』
守矢の巫女が他界したと聞いたとき、私は地下深くで施設を整備していた。
彼女は他界するその日まで、見舞いついでの参拝客を相手にしていたらしい。
妖怪の私もそこまで自らの仕事を全う出来るかと考えたが敵わないだろう。彼
女がどれほどに自らの信仰する神を愛していたのか分かる。
そんな彼女を失った二柱は、それ以来天狗の集落を攻め続けた。何が神々を
狂わせたのか。それは巫女を失った事が原因なのだろうか。
時間は若干戻るが、そんな事が起きる前の事だ。
「河童」
ある日、八坂様が私が今も使っている工房へと訪れた。薄汚れたこの工房の
中に神の座るような場所はない。私は急ぎ椅子を用意したが、後々このように
油で汚れた椅子を出すとはどれだけ慌てていたのだろうと後悔した。
「八坂様……」
巫女を失った神が荒れ狂ったという話は数日前に同族に聞いていたが、この
時の八坂様は今までと何も変わらない、いつもと同じように厳しくとも優しい
目をされていた。河童の中で噂になっている神がわざわざ私のような河童の元
へ来るというのは、何かしらの理由があるだろう。
「これから私達はどうすれば信仰を維持出来ると思うか?」
八坂様は突然おかしなことを私に聞いてきた。私のように信仰する側の者が
信仰される側の事など分かるわけがない。慕い崇めるのは勝手だが、その逆は
そういうわけにはいかないのだろう。信仰する者の思いがそのまま神の力とな
ると聞いたことがある。
「そんなこと、私が分かるわけないよ」
私は軽く笑いながら返事をした。八坂様は私がこんな返事をすると思わなか
ったのだろう。八坂様は少々驚いた顔をしていた。
「そうだな、おかしな事を聞いてしまったな」
八坂様も軽く笑っていた。私のような河童の返事1つで神が動くとは思えな
いが幻想郷に住む者に影響が出てしまうような、そんな下手なことは言えない。
しかし八坂様のように力のある神が私にこんな事を聞くとは思わなかった。神
にも不安な部分というものがあるのだろうか。
「邪魔をした」
八坂様は何を言いたかったのだろうか。私のように世俗から離れて過ごすよ
うな妖怪だと情報も遅れる。巫女が他界して以来、信仰が減ったのだろうか。
八坂様の背は何とも表現しがたい雰囲気を出していて、これから何が始まるな
どと考える事もなく私は取り掛かっていた作業に戻った。
八坂様と洩矢様の二柱が天狗達を武力で従わせるようになったと聞いたのは、
私の工房に来た日からさほど日も経たない僅か数日後の事だった。情報を得る
のが遅い私のところへ来た話だ。もうすでに二柱は動いていたのかもしれない。
神の力は確かに絶大でそれに従うか、それに従わされるか。抗って身の得は
何もないのは分かっている。だが 崇めていたものが変わってしまえば話は別
だ。私の同族達も巫女が去ってからの二柱を信仰するものは少しずつ減ってい
た。彼女が博霊の巫女と同じように私達妖怪を退治して回っていたのはもう過
去の話だ。人里の外れに命蓮寺という寺が出来て以来、今まで幻想郷に住んで
いた妖怪と人間の間にあった溝が日が経つにつれて浅くなっていた。そのよう
な働きをする勢力があれば、妖怪も人間もその勢力に寄ってしまっても仕方な
い部分もあるだろう。
河童の同族も二柱の従えた天狗によって傷付いたという話も聞いた。そんな
中、洩矢様が私の工房を訪れた。
「洩矢様……」
天狗を従えた洩矢様は八坂様のように厳しい中の優しさに溢れる目はなく、
ただ自身と八坂様の力を維持するために信仰を集めているだけの狂った目をし
ていた。洩矢様は土着の神としてそのままでも信仰はあるだろうが、八坂様の
為に動いているのだろうか。巫女亡き後の洩矢様はこの山で様々な災害を起こ
していたが、それもようやく収まった。しかし次にはこの問題だ。
「にとり、あんたは私等の仲間だよね?」
私の背中に悪寒が走る。洩矢様のこんな目は初めてみたと思う。断れば命は
無いとでも言わんばかりの冷たい目。従えた天狗の手にも太陽の光を鈍く冷た
く照り返す剣が握られていた。
「わ、私は……」
洩矢様も八坂様も親しくしてくれていたと感じていたのは私の思い込みだっ
たのだろうか。今までの八坂様達の顔を思い出そうとするが、目の前にいる神
の目を見てしまったせいか全く思い出せない。むしろ、過去の目が全て同じよ
うに思い出されてしまう。