cuntury 1 プロローグ

 


 1 :『人里に住む妖怪』


 事の発端は博霊の巫女や他の人間達の命が尽きた日に遡る。

 さすがに博霊の巫女も迫るくる寿命の尽きる日を覆すことなど出来なかった。
 巫女の最期を看取ったのは幻想郷一の大妖怪“八雲紫”、魔法の森に住む“
アリス・マーガトロイド”の2人だったという。
 その中の一人であるアリスは人間の日々の生活の中にも魔法を取り入れるよう
にと“上白沢慧音”が開く寺子屋で教鞭を取っていた。あれほど人間を避けるよ
うに森の中で過ごしていたアリスの心境を知る術もない。ただ、彼女の中で何か
が変わったのだろう。
 そんな彼女を私が稗田の屋敷へ招いた際に巫女が世を去った時の話を聞かせて
くれた。

「霊夢が伏せた時、親しみのあった人間はもう誰も居なかったわ」

 アリスは思い出しながらゆっくりと語り始めた。

「早苗も咲夜も……魔理沙も、霊夢より数年早かった」

 話を聞かせてくれた世話人の話よりも、より彼女達を近くで見取ったアリスは
去り逝く友人のそばで何を思ったのだろうか。

「最初は咲夜だったわ」

 時を操る紅魔館のメイド“十六夜咲夜”は会う度に年を取っていくのが目に見
えて分かっていた。あの広い館のほとんどの雑務を一人でこなしていく。それは
時間を止めることが出来るからこその業だろう。
 しかし無情なことに、止めることが出来るのは周りの時間だけである。彼女自
身の時間は止まらない。止めた僅かな時間の中ででも、他の人間よりも一秒、ま
た一秒と彼女は老いていったのだ。

「咲夜の時は大変だったわね」

 館の主であるレミリアは館を瓦礫に変えてしまうのではないかという程に荒れ
狂ったという。そしてその数日後、紅魔の館から姿を消した。友人であり紅魔の
館の大図書館に住むという“パチュリー・ノーレッジ”の力を持ってしても、レ
ミリアの姿を捉えることは出来なかった。
 その後、レミリアと咲夜を失った紅魔の館は妹である“フランドール・スカー
レット”と現メイド長である“紅美鈴”が取り仕切るようになってた。
 今も続く紅魔側の行動はフランドールの指揮によるものという噂もある。

「美鈴ならあの子を止めると思ったんだけどね」

 アリスは苦笑いしながらそう言った。

「それで……他の方達は?」

 これ以上、彼女が辛い顔をするのは正直見たくない。しかし、それ以上に私自
身の好奇心が勝っている。話を聞かずにはいられなかった。

「早苗は普通の人間として、霊夢と同じように天寿を全うしたわ」

 守屋の巫女“東風谷早苗”も異変解決の際に自ら行動する巫女の一人だった。
 元々は外の世界の巫女であったが、祀る神の信仰が薄れ、再興を願って幻想郷
へと移り住んだという珍しい人間である。

「ただ……早苗の時も大変だったわね」

 早苗が伏せた後もレミリアのように二柱の“八坂神奈子”と“洩矢諏訪子”は
神であるという事も忘れ、まるで人間と同じように悲しんだという。山は揺れ、
川の水は増し、天災となる程であった。

「紅魔と守矢の争いは互いに止める者が居なくなったせいで今も続いているのよ」

 己の暴走を止める者も居ない。勢力争いは日に日に酷くなっていく。そんな中、
霊夢と魔理沙はその争いを止める為に幻想郷を飛び回っていた。

「霊夢の言葉なら誰もが言う事を聞くじゃない」

 幻想郷の妖怪達を簡単に黙らせることが出来る唯一の存在『博霊の巫女』
 
「でもね、霊夢も人間なのよ」

 年老いた霊夢の言葉の重さによって一時的に争いは止んだ。しかしその霊夢が
伏せてしまってからは再び争いが始まったという。

「霊夢を見取った時は紫が一緒だった」

 幻想郷で最も強いと言われる八雲紫。彼女は博霊大結界の維持という立場から
博霊の巫女である霊夢とは切れない縁にあった。

「紫は静かに霊夢の手を握ってたわ」
 
 その顔は穏やかで、これまでの霊夢の所業に「おつかれさま」とでも言うよう
な顔で優しい笑みで見取った。

「私も人間を見続けてきた」

 アリスの目には涙が浮かんでいた。

「でもね、私はたった100年程度……いえ、森の中で隠遁な生活をしてた分を
差し引くとそれほど多くの人間を見ていない」

 紫ほど多くの人間を見続けた妖怪はこの幻想郷には居ないだろう。幾年もの間、
人間の生から死へと歩く姿を見てきたのだ。紫がどれほど人間と近い距離に居た
のかは分からない。しかし親しき者との別れも数多くあっただろう。

「それで今は神社に誰が?」

 霊夢亡き後、博霊の巫女が現れなかった。霊夢は生涯一人身であったため子す
ら居ない。

「今は猫が自分の鬼と一緒に管理してるわ」

 博霊神社には一匹の猫が住み着いている。凶兆の猫“橙”である。

「猫……ですか」

 橙は主の主である紫の命を受け、人間の里に住む妖怪と人間以外は神社に入れ
ないように管理しているという。

「猫と言っても幻想郷で1、2を争う化け猫よ」
 
 気まぐれな子供のように振る舞っていた橙であったが、命とあれば別である。
崩壊する結界の修復で飛び回る“八雲藍”と同じように、橙自身も与えられた命
を全うする事に満足していた。ようやく紫と藍に一人前と認められたようなもの
だろう。

「それに猫……橙が敗れたとしても、後ろに居るのは藍と紫」

 幻想郷最少にして最強の勢力である。多少なりとも知恵のある妖怪であれば決
して手出しはしないだろう。それに八雲紫は冥界の姫“西行寺幽々子”とも繋が
りがある。生きて八雲に追われ、死して西行寺に追われては敵わない。

「なるほど……私が転生するまでの間に色々な事が起きていたのですね」

 アリスの話を後世の人々に伝える為に筆を走らせる。

「さて……今日はこのあたりでいいかしら」

 アリスはおもむろに立ち上がると部屋の外へと向けて歩きだす。

「ではこれから昼食でも如何でしょうか」

 私の誘いにアリスは静かに首を振った。

「ごめんね、13……えっと九つ半の方が分かりやすいかしら」

 時を刻む単位も阿求の時代から様変わりしていた。

「酉の刻までたっぷり授業があるから準備しないとね」

 アリスは両手を上げ首を振った。今は上白沢の寺子屋で教鞭を取るアリスは
人里の者に基礎的な魔法から生活で使える応用的な魔法を教える立場にある。そ
の授業は非常に評判がよく、人間達に感謝されていた。

「そうでしたか、時間を割いてお越し頂きありがとうございました」

 首を振って静かに振り返ったアリスの背を見送っていたが1つ気になる事もあ
った。しかし彼女にも思い出したくない事もあるだろう。これ以上の話は聞かな
い方が良いだろう。

 


 私は日も暮れた事にも気付かず書に認めていた。私が居ない空白を誰の為でも
ない。私自身の為にただただ夢中になって書き続けていた。
 私の寿命は短い。これはもう覆すことの出来ない運命。寿命と引き換えに手に
入れた記憶の保存。物事を忘れない。悲しくとも辛くとも忘れられない。ただ我
武者羅に書き続ける。あてのない苦しみ、寂しさも含めて全て書き続ける。

 次の私と人間の為に。