cunntury 前書き

 


 今宵の幻想郷もいつものように空一面が眩い光を放つ弾幕で溢れていた。

「2時方向の弾幕に気をつけて!」

 白狼天狗“犬走椛”の声が夜空に響き渡る。彼女は妖怪の山へと攻め入る妖精
達を相手に奮闘していた。
 このところ毎日の様に紅魔館の攻撃が続いている。白狼天狗達は昼夜問わず必
死に対抗していた。警護兵の疲労も溜まり、多く攻め入る妖精の攻撃を防ぎきれ
ていない状況だった。
 千里眼の力を持って弾幕を見極め、他の白狼天狗へ指示を出している椛の横に
並ぶ影。

「まだ・・・追い返せないのですか」

 烏天狗の新聞記者“射命丸文”は忙しなく部下へと指示を飛ばす椛に問いかけ
た。

「チッ・・・もう間もなく終わる」

 舌打ちした椛は声の主を見ることもなく答えた。記者とはどのような場所にも
現れるものだが、このような劣勢を記事にされるのは癪である。確かに警護に当
たっている白狼天狗の数も日が経つにつれて被害と疲労で一人、また一人と減っ
ているのも事実である。しかしこの事を記事に書いたとしても補充兵が来るわけ
でもない。幻想郷一の高度な社会と謳っていた頃とは思えないほどに衰退してい
た。
 この山が狂ったのは守矢の巫女がこの世を去ってしまったせいだろう。荒れ狂
う守矢の二柱が山の民を脅かし、我々天狗はそれに従う事しか残されていなかっ
た。なぜあの二柱がそう動いたのか、それは椛の知る由もない。

「そうですか」

 カメラを片手に迎撃に奮闘する白狼天狗たちを写す。盾や刀を持って弾幕を防
ぐ者、傷付いた者を構わずにそのカメラに収めていく。

「・・・邪魔だ・・・帰って」

 椛はそう言い放つと前線へと飛び立った。

「やれやれ・・・嫌われたものですね」

 幻想郷一の早さを自負する“射命丸文”は椛の飛び立ったほうを見つめながら
溜息交じりに呟いたのだった。

 

 

 同刻、永遠亭

 

「姫様・・・今夜も紅魔と守矢の戦闘が始まりました」

 開け放たれた広々とした部屋に“八意永琳”の小さな声が響く。

「そう・・・」

 永遠亭の主“蓬莱山輝夜”は西の空に舞う弾幕を見上げる。その後ろにはいつ
ものようにあの忌々しくも懐かしい故郷は輝いている。
 輝夜は変わらない日々と変わらない自分に飽きていた。博霊の巫女もこの世を
去り残された者は皆、妖怪ばかりである。しかし妖怪といえども日々を過ごせば
人間よりも遅い速度で成長する。
 だが、変わらない自分と変わらない従者。

「イナバ達に300の兵を与えて紅魔の兵に攻撃をさせなさい」

 輝夜は永琳を見つめ、冷ややかな目でそう言い放った。

「・・・分かりました」

 永琳は小さく一礼をすると輝夜に背を向け部屋から出ていく。従者である彼女
の目にはどう映っているのだろうか。


「もっと・・・私を愉しませなさい・・・」

 輝夜は月に向かって呟いた。

 

 

 

 

 今の幻想郷は混沌としている。

 唯一の安息が取れる地は人間の里しかない。

 先代の阿礼乙女“阿求”の時代は異変と呼ばれる事が起きれば博霊の巫女が解
決していた。巫女が居た時代は全ての勢力が均衡していた。そして力ある者達を
分け隔てなく管理していた。

 

 


 だが……今はもう居ない。

 

 

 私が転生した時にはすでにこの混沌とした世界に変わっていた。彼女がどのよ
うにして亡くなったのか、それは私を世話する者達から聞く他なかった。
 博霊の巫女だけではない。魔法の森に住む魔女“霧雨魔理沙”もすでに亡くな
っている。彼女は最後でも人間の魔法使いである事を望んだと聞く。魔法使いの
友人達の言葉にも耳を傾けず、人間のまま命が尽きる事を選んだ。
 

 

 

 

 

 

 

 

 阿求の時代に記した人間は

 


 もう誰も居ない。

 


 私がこれから綴ることは

 


 誰も解決することが出来ない

 


 ここ“幻想郷”での戦の話だ